わたくしの愛読書の一つにみうらじゅん氏の「ぐっとくる仏像」という本がありまして、そこに掲載されている飛鳥大仏の個性的な姿に、氏の意図通り「ぐっ」っとキてしまった私です。
奈良旅行の最大の目的といってもいい飛鳥大仏参拝。目的の飛鳥寺は、まったいらな田園風景の広がる地に控えめに建っていますが、当時は日本最古の本格的な伽藍を設けた寺院として飛鳥の都にその威容を誇っていました。
当時最大の権力者だった蘇我馬子が蘇我氏の氏寺として建立した寺で、物部氏との崇仏廃仏抗争に勝利した蘇我氏の勝利のモニュメントでもあります。
ちなみに蘇我氏の大邸宅があったと言われる「甘樫の丘」に登ると、眼下に飛鳥寺を含む一帯が見下ろせます。もちろん蘇我氏が仕えていた天皇の宮殿も見下ろすことになったのではないのでしょうか?「これ以上蘇我氏をのさばらせちゃいかん」と中大兄が危惧したのもわかるようなゴッドファーザーっぷりが想像できます。
都が飛鳥から奈良へ移される際、飛鳥寺は奈良に移転して名前も元興寺と変えました(飛鳥の寺は本元興寺と名前を変えた)が、大仏はこの地に残りました。後の火災による伽藍の焼失などで損傷を受けましたが修復され現在に至っています。
飛鳥大仏を制作したのは、渡来系の鞍作鳥(くらつくりのとり)です。この名が示す通り本来は馬の鞍などを作ることが本業でしたが、どうやら当時は仏師という職業の人がいなかったようです。飛鳥大仏を作った故か鞍作鳥は止利仏師(とりぶっし)となり、後に代表作となる法隆寺の本尊釈迦如来坐像を制作するのです。
この時代の仏像は、一般に見慣れた仏像とは大きく違っています。顔は長く鼻筋がガッツリ通っていて、何よりの特徴は目の形で、アーモンド型(杏仁形)と言われています。伏し目がちではなくバッチリ目を見開いていて特に黒目が書かれていない目は、遠い目の様でもあり、全てを見通している目の様でもあり、「聖☆おにいさん」でブッダがイエスの無駄遣いにキレそうな心を抑えて優しくイエスを諭すときの目の様でもあり(大体そーゆー時は後光が射している)、やはりどこか異国的な感じがします。
ただし、見る角度によっては上瞼の線がよく見えなくて、よく見る伏し目の目に見えるのが不思議です。「如来系の仏像は大体伏し目がち」という先入観がそうさせるのでしょうか?
ご紹介が遅れましたが、こちら飛鳥寺は本堂内撮影自由という大変フトッパラなお寺でありました。拝観権を買い求めた際、カメラを首から下げている私を見て、お寺の方がわざわざ「本堂内もご自由に撮影してくださって結構ですよ」と教えてくださった時には思わず耳を疑っちゃいましたわ。
鳥形山安居院飛鳥寺データ
- 名称 鳥形山安居院飛鳥寺
- ふりがな とりがたやまあんごいんあすかでら
- 住所 奈良県高市郡明日香村飛鳥682
- 宗派 真言宗豊山派
- 本尊 釈迦如来(飛鳥大仏)
- 札所 新西国三十三箇所観音霊場9番、聖徳太子霊跡11番
- 旧寺名 法興寺、元興寺
パンフレット
御朱印
墨書きは飛鳥大仏。柔らかくふっくらとのびやかな美しい筆跡です
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