現在12巻まで既刊の、よしながふみ作「大奥」。最新刊である12巻はモンスター治済に立ち向かっていく11代将軍家斉、その正室の茂姫たち、そして、そもそも男女逆転大奥の原因だった赤面疱瘡の根絶が大きなストーリーでした。そして12巻で終に赤面疱瘡との戦いは決着を見ることで、今後の大奥は江戸幕府の終焉=大奥の解体が主なテーマになっていくと思われます。

それにしても13巻の発売は2016年初夏ですので、私も含めコミックス派にとっては中々に待ち遠しい。
なので、合いの手すさびとして、私なりに今後のよしなが大奥の展開を勝手に予想(妄想?)してしまうことにしました。
大奥12巻巻末に掲載されている大奥13巻の予告によると、次のことがわかります。

  1. 家斉は大名家に男子相続を優先させるように号令を出す
  2. 阿部家は女子が継ぐ(後に老中となる阿部正弘)
  3. 阿部正弘が家督を継ぎ、後の13代将軍に会う
  4. 阿部が芳町の陰間茶屋に行く
  5. 阿部はものすごーーーい美男子に出会う
  6. 黒船の来航などにより、日本に外交問題が大きく浮上する

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これらをヒントに、まずは13代将軍家定について、史実を紹介しつつダイタン予想したいと思います。

史実の徳川家定

徳川家定は12代将軍徳川家慶の第9子、四男で、母は側室であるお美津の方。幼名は政之助、元服して家祥(いえさち)となり、将軍就任にあたり家定となりました。父の家慶は祖父の家斉と同じく多子で、全部で27人の子を成しましたが、そのうち成人まで生きたのは家定だけでした。

その家定も病弱で癇が強く、人前に出ることを嫌い、脳性麻痺を患っていたとの説があり、精神的な遅れもささやかれていたといいます。癇が強いことから「癇症公子」、ふかしイモを作って周りの人間にも自作の菓子をふるまっていたことから「イモ公方」等のあだ名がありました。

たった一人残された12代将軍直系の男子なので、当然次期将軍の第一候補ですが、上記の状態を憂いた父である12代将軍家慶は、家定ではなく一橋慶喜を次期将軍にすることも考えましたが、老中阿部正弘の反対で家定が次期将軍となりました。これは祖父であり大御所である11代将軍家斉の死後のことでした。

父家慶の死により30歳で将軍就任。将軍職に就いてからは体調の悪さはさらにひどく廃人同様となり、政務を摂る状態ではなく、老中の阿部正弘にまかせっきりだったと言われます。

安政4年(1857年)、修好通商条約締結のため来日したアメリカの総領事タウンゼントハリスと江戸城で会っています。その時のことを記録したハリスの日記には、家定が頭を後ろへ大きく反らして足を踏み鳴らすという動作を数回繰り返し、その後明瞭な声でハリスの労をねぎらい日米の末永い交流を願う内容の口上を述べたと書かれています。

5歳のときに関白鷹司家の養女である有宮任子(ありのみやただこ)と婚約し18歳で結婚、夫婦仲は円満だったが、7年後有君は子を成さぬまま病没。その後一条秀子を迎えますが、秀子も翌年に死去。さらにその後33歳の時に迎えたのが篤姫=天璋院です。しかしその2年後に家定本人が亡くなり、生涯子供はありませんでした。これにより、折しも攘夷か開国かを巡って日本が揺れ動いている時期に、将軍家継嗣問題も重なり、南紀派と一橋派が対立し、日本は幕末混乱の時代に入っていくのです。

亡くなったのは安政5年(1858年)7月、35歳、わずか5年の将軍就任でした。死因は脚気とされていますが、その死が一橋派一掃の直後だったので、大奥では一橋派による暗殺などの説も流れました。

【予想1】よしなが大奥における家定のキャラ

大奥12巻ラストページに描かれる13代将軍家定のビジュアルは、少しエキセントリックな雰囲気になっています。さらに予告編に登場する若き日の家定も、いじわるで高慢なお姫様といった風情です。「癇癪持ち」なことは、よしなが大奥でも踏襲されることが予想されます。

巷に言われるように暗愚だったことについてはどうでしょう?予告編の雰囲気だと特に精神的な障がいをを抱えているようには見えません。
ただし「アレな感じを装っているが実は・・・」というパターンは、よしなが大奥実写版映画で主演をつとめた堺雅人さんの出世作となった大河ドラマ「天璋院篤姫」の上様のパクりのそしりを免れないし、このテは家斉で使っているので、さすがにナシでしょう、おそらく。

でも私は、よしなが大奥の家定は精神的な障害は無かったし、暗愚でもなかったけれども、アレな人として後世に記録が残ったのには他の理由があると予想します。

一説では、家定は祖父の家斉に嫌われていたといいます。家定が祖父である大御所に食事に招かれたとき、出された食事に最後まで箸をつけなかった、それは毒殺を恐れてのことだったとの噂もありました。よしなが大奥でも家定は祖父家斉に疎まれていたと推察します。それは家定が暗愚だったからではなく、ズバリ女だったからでしょう。

13巻の予告でも、家斉は男子の家督相続を奨励しています。なのに範を垂れるべき将軍家が女子に相続するのではしめしがつかない、けれども家慶の子供で生き残っているのは家定だけ。女子であることだけが理由で将軍直系の子女を廃嫡することもできない。いっそのことタヒんでくれれば・・・・

口には出さずともそんな雰囲気を漂わせる(あるいはロコツに態度や行動に表す)祖父、そして祖父の傀儡である父家慶も「家定のせいでボクがパパに怒られる」と、家定を疎んじていたのかもしれません。そんな環境にいたら、誰でもヒネクレようってものです。四面楚歌、心を許せる人がいない状況で、自然とアタリがキツイ人になっていったのではないのでしょうか。自然周りの評判も悪い、悪口半分であることない事言われた挙句、アレな人認定を受けてしまった。と。

で、そんな家定を支えていくのが、同じく女で家督を継いだ阿部正弘なのでしょう。女子がどんどん政治の表舞台から追いやられていく過程で、二人は信頼と友情を育んでいったのではないでしょうか。

史実では父である12代家慶が、家定ではなく一橋慶喜を次期将軍に指名しようとしたのを、老中阿部正弘が思いとどまらせました。よしなが大奥でも、このエピソードは生かされると思います。
ただし、家慶が実子の家定でなく一橋家の慶喜を次期将軍にと考えたのは、家定が将軍には器量不足だと思ったからではなく女だから。もちろん一橋慶喜は男です。
ただ、もう一つ私が予想するのは、長らく父の傀儡となていたことに人知れず不満を抱えていた家慶が、男子相続を奨励する父の家斉への反抗心として、たった一人残った直系の子女であることにかこつけて家定を将軍継嗣としたというセンです。あるいは家慶のコンプレックスを利用した阿部正弘が、家定を将軍につけるキラーパスとして家慶のコンプレックスを刺激したというセンもあり得るでしょう。

【予想2】よしなが大奥における家定の結婚

よしなが大奥の家定は女ですから、結婚相手はもちろん男性です。史実では宮家から迎えた一人目、二人目の正室はいずれも嫁いでから遠くない時期に、子どもを設けないまま亡くなります。
三度目の正室が、大奥の最後の主人ともいえる「篤姫=天璋院」です。
よしなが大奥では家定が女なので、そのまま行けば篤姫は男の設定です。しかし私は、この篤姫は、よしなが大奥では女になるような気がするのです。篤姫は写真も残ってますしエピソードも多いですし。
ただし、よしなが大奥の家定は女性なので、よしなが篤姫女説を通すためには想像を逞しくする必要があります。なので、2パターンほど考えてみました。

1、実は家定が篤姫である

家定は史実通りに死んだのではなく、死んだことにして大奥の主人になった。それは開国やむなしと結論に至り、そのためには女将軍では列強と渡り合えないと思ったから。長らく共闘状態にあった阿部とも開国VS攘夷に分かれて(家定が開国、阿部が攘夷)対立しかけていたが、そんな折阿部が亡くなった。それを機会に家定は井伊直弼らと開国を決意し、自分は死んだことにして後を家茂に譲り、家定は自身の三度目の正室の篤姫として大奥に残った。公的記録(徳川実記?)には家定短命の根拠を裏付けるものとして病弱だの何だのと書かせた。

2、篤姫は家定の妻ではなかった

後年篤姫→天璋院となる人は、元は身分の高い奥女中(史実に近い線で言えば薩摩の島津家家臣の娘で、近衛家の養女として大奥に入ったなど)で、家定の信頼を得て大奥の後事を託された。死の床にあった家定は、篤姫が後々大奥の差配がしやすいように13代将軍正室及び14代将軍養母扱いにするように取り計らった。
今更ながら気づいたのですが、赤面疱瘡根絶と、13代家定が女だったことが明らかにされた時点で12巻が終了したことで、色々な妄想ができるように、12巻は上手いところで終わってますね。さらに幕末はきっと幕閣や大名なども出てくると思います。それらの人々が果たして男として登場するのか、女として登場するのかを楽しみに待てるのは、よしなが大奥ならではですね。

次は阿部正弘にスポットを当てて大奥13巻の予想をしてみたいと思います。→アップしましたよしなが大奥13巻のストーリーを大胆予想!②=阿部正弘は開国までにカタチがつけらるのか?

その他のよしながふみ作「大奥」についての考察