ものがたりに正確な年表を求めるのは、おそらく野暮なことなのでしょう。ただ、私は「小さな人のむかしの話」に収録されている「コロボックル物語余話」に出てきた次の文が心にひっかかっていました。
なんということか、それからのわたしは、作者のくせに自作の文意をあらためて考え、再確認し、できるだけ綿密な年表をつくりあげたうえで、組み立てなおさなければなりませんでした。=小さな国のつづきの話~まくあい
なるほど、作者も年表を作っているのね、と思いながら物語を読んでいくと、年表作りのヒントになるエピソードがそこここにちりばめられています。もしかしてこれはファンタジーを現実の様に見せるために作者がわざと落としていったパンくずのようなものかもしれません。さらに言えば上に挙げた作者の文章ですらも現実とファンタジーの間に読者をいざなう誘導なのかもしれません。果たして私はまんまとその思惑にはまってしまったようです。第五話で正子がコロボックル小国の場所を現実世界の中に探した(そしてその想像は当たっていた)ように、私もまた年表作りにハマってしまったのでした。
コロボックル物語1 だれも知らない小さな国年表前半 コロボックルの味方になるまで
この物語と現実の世界との間に穿たれたトンネルは太平洋戦争です。せいたかさんの少年期から青年期に太平洋戦争がはさまれていることにより、年表はエピソード同士の相対的なつながりではなく、具体的な年号を伴わざるを得なくなってきます。
戦争が終わったとき、せいたかさんは中学校の上級生でした。
ぼくは、のっぽな中学校の上級生となり、工場につれていかれた。油だらけになってはたらいているうちに、学校も焼けてしまった。(略)そして、終戦がやってきた。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
戦前、中学校は5年制でしたが、1944年4月に4年制に短縮され、さらに1945年度から無期限で授業が停止されます。そして終戦後1945年10月に授業が再開され、1646年度から再び5年制に戻ります。(翌1647年には新しい学制ができて旧制中学は廃止になりますが)
夏に戦争が終わり、その秋に久しぶりに小山を訪れたせいたかさんは、こんな決心を述べています。
それに、ぼくははたらきながら上級学校へも進む決心をしていた。 =だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
なので1945年秋の時点でせいたかさんは中学4年(16歳)とします。その時点では次の春が来たら上の学校に進むつもりだったのでしょうが、制度変更により1946年の春には中学5年になり、自分の周りをチラチラ動く小さな黒い影を不思議に思いながら一年あまりを過ごすことになります。
この間、せいたかさんはこぼしさまについて色々と調べ、「コロボックル」について書かれたむかしの物語にいきあたり、こぼしさまはコロボックルであるという仮説を立てます。
そしてついに小山を手に入れるために行動を開始します。これはせいたかさんが中学を卒業した1947年の春のことです。(18歳)
そんなことから、とりあえず小山の持ち主だけでも調べておこうという気になったのは、ぼくが、夜間の専門学校へ進んだころのことだった。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
終戦時、せいたかさんが中学4年生だったと設定したのはもう一つ理由があります。せいたかさんが進学した「夜間の専門学校」について、別の巻でもう一つ記述があります。
ふたりとも旧制の工専(単科大学)を出ているところは似ているが、学校もべつだし、学科もちがう。わたしは建築科だったが、向こうは電気科を出ている。=小さな国のつづきの話~まくあい
これは第5巻で作者が述べている下りですが、この「旧制の工専」は旧制専門学校のことで、戦後の学制改革により旧制専門学校の募集は1948年が最後でした。ただし最後の募集年に入学した者は学制改革のあおりで、翌年新制大学の入試を受けなおさなければなりませんでした。
要は終戦時中学3年生だと「旧制の工専」を卒業できないことになるのです。
この旧制専門学校は3年(医学科は4年)の就学期間です。せいたかさんが進んだ夜間部も3年の就業期間かどうか調べきれなかったのですが、卒業直後のせいたかさんが小山の持ち主=峰のおやじさんを探しあて、訪ねて行ったときにこんな記述があります。
五つくらいの男の子が、ちょうどそのとき、いけがきの中に走りこむのが見えた。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
やがて一年ほどはすぐにすぎた。ぼくは学校を出て、小山のある町に新しく勤め先をみつけた。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
いつでも仕事にかかれる用意ができたのは、7月にはいってまもなくのことだった。(略)ぼくはおやじさんの末っ子のボクチンを助手にして(略)あのときは、まだ小さかったが、もう小学校の二年生だった。=だれも知らない小さな国~第三章矢じるしの先っぽ
小屋を建てたのは就職して2年目の7月です。(根拠は後述します)そして専門学校を入ってすぐに会った5歳くらいの子が、このときには小学校二年生になっています。小学二年は8歳なので出会ったときに5歳ならこの間3年経過したことになりますが、専門学校を出て就職して2年目なので最短でも4年は必要です。
なのでせいたかさんが最初にボクチンを見たのはあくまで5歳「くらい」ということで実際は4歳だったのでしょう。これが3歳を5歳と見間違えるのはいささか不自然なので、ボクチンの年齢経過を裏付けとして、せいたかさんが「旧制の工専」に行っていたのは3年間とします。小屋を建てたときのせいたかさんは22歳です。
さて、小屋を建てたのが就職して2年目の7月である根拠です。せいたかさんが峯のおやじさんと会ってからの出来事を時系列に挙げていきます。
ぼくはその新しい道にそって、ヒマラヤすぎの苗木を植えようと思った。(略)夏のはじめになって、ぼくは準備をととのえ、朝早く小山へやってきた。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
この時点で、せいたかさんは中学5年生。この日の夜、せいたかさんははじめてコロボックルと言葉を交わし、小山を自分のものにしたい思いを益々強くします。そして小山を借りて小屋を建てて住む事を真剣に考え、計画を立て始めます。
やがて一年ほどはすぐにすぎた。ぼくは学校を出て、小山のある町に新しく勤め先をみつけた。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
就職を機に、峯のおやじさんとも正式に小山を借りる契約、いつかは売ってもらう約束をとりつけます。
ぼくは、勤め先が決まると、さっそく、峯のおやじさんのところに出かけた。そして、小山を借りることについて、おそるおそる申し入れをした。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
このあと、せいたかさんは小屋建設に向けて着々と準備を進めていきます。
やがて、小山のつばきが美しくさきはじめると、ぼくは、もうじっとしていられなくなった。(略)いつかのように、峯のうちでスコップやくわを借りて小山へやってきた。(略)春とはいえ、まだかなり寒かった。=だれも知らない小さな国~第二章小さな黒いかげ
この日、おちび先生と出会い(再会)ます。つばきが咲くころは大体2月から4月くらいですし、文章も春とはいえまだ寒い時期と言及しているので、ちび先生と会ったのはこの年の3月前後です。
この出来事で、せいたかさんは若干焦って急いで小屋を建てようと決意します。
小山の上まですっかり材料を運びあげて、いつでも仕事にかかれる用意ができたのは、7月に入って間もなくのころだった。=だれも知らない小さな国~第三章矢じるしの先っぽ
これで、せいたかさんが小屋を建て始めるのが就職した翌年の7月であることがわかります。このときせいたかさん22歳です。
- 7月…小屋を建てる
- 5日ほどで小屋が完成したその二、三日後の台風の日…モチノヒコがせいたかさんを訪問して味方になってくれるように頼む
これでせいたかさんはコロボックルの味方になります。このとき1951年、せいたかさん22歳です。
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2015年10月追記
佐藤さとる氏からコロボックル物語のバトンを受け取った人気作家の有川浩さんによる、新しいコロボックル物語が始まりました。
かわいた畑に撒いた水からたくさんの芽が出て「だれもが知ってる小さな国」ができあがった
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