よしながふみ作「大奥」では、徳川将軍家の公式記録(徳川実紀か?)は赤面疱瘡の蔓延により女性が将軍であることを隠すために、必要に応じて将軍の年齢やプロフィールを改ざんしていることになっています。逆を言うと不自然でない箇所は(よしなが世界の)事実のままとなります。

史実だと、綱吉が将軍になったのは35歳の時。その前年に長男徳松が生まれています。これが女性だとどうでしょうか?もちろん子供を産めない年ではないでしょうが、少し遅いかもしれません。その辺りのフォローと、綱吉、吉保のキャラクターを印象付ける最初のエピソード「牧野成貞事件」で、綱吉は「恐ろしいほど年より若くあられる方」とされています。このほか、エピソードは史実から取っていても時系列が史実と違うもがいくつかありました。まずは登場人物別にエピソードの史実とフィクションをあげてみます。

登場人物別フィクションとノンフィクション

徳川綱吉(とくがわつなよし)江戸幕府第五代将軍

史実をなぞっている部分(らしい部分も含めて)

  • 幼名「徳子」は、実際の綱吉の幼名「徳松」から
  • 四書五経に通じ、学問好きであった
  • 天皇家を厚く遇し、御料を増やすなどした
  • 戌年、柳沢も戌年
  • 蚊をつぶした武士が改易になった
  • 娘の松姫は実際の嫡男徳松から(早世)
  • 越後騒動の再審をした。これにより将軍家の権威を高める意図があった

フィクションの部分

  • 赤穂浪士の一件から、武家の男子相続を禁じた
  • 麻疹が死因。(麻疹の療養中モチを喉に詰まらせてしまったとの説もあり)

鷹司信平(綱吉御台所)

モデルは綱吉の御台所鷹司信子

史実をなぞっている部分(らしい部分も含めて)

  • 桂昌院と不和であったらしい(桂昌院&お伝チームVS御台所&右衛門佐チームの張り合い)
  • 綱吉と不仲であったらしい(政治的な夫婦なので不仲という言い方は相応しくないかも)
  • 綱吉の死去から間もなく死亡したので無理心中説がある

フィクションの部分

  • その名もズバリ鷹司信平という人物がいるが作品中の信平とは関係ない。史実の鷹司信平は、三代将軍家光の御台所鷹司孝子の弟で、家光時代に姉の孝子を頼って江戸へ下り、家光から禄を得、後に紀州徳川家の息女を娶り、鷹司松平家の祖として松平信平となった。

右衛門佐(水無瀬継仁)

モデルは御台所(信子)付上臈御年寄常盤井の局→右衛門佐

史実をなぞっている部分(らしい部分も含めて)

  • 権中納言・水無瀬氏信の娘
  • 御台所の招聘で、御台所付上臈御年寄として大奥入りした(他説もあり)
  • 宮中随一の才媛と呼ばれ、学問好きの綱吉と対等に学問の話をした
  • 桂昌院&お伝チームに対抗すべく大典侍や新典侍らを側室として京から呼び寄せた

フィクションの部分

  • 実際に綱吉と関係があったかは不明。一度は綱吉の子を身ごもったが、対抗勢力のお伝の方の依頼を受けた護持院・隆光の呪詛で流産したとのうわさがある。

お伝(小谷伝兵衛)

モデルは綱吉の側室お伝の方(瑞春院)

史実をなぞっている部分(らしい部分も含めて)

  • 父は下級武士(黒鍬者)の小谷正元(小谷権兵衛)
  • 兄が賭博がもとの喧嘩で殺されている。
  • 綱吉との間に設けた娘(史実は息子)が5歳で早世した。

フィクションの部分

  • 史実では綱吉との間にはもう一人鶴姫という娘がいた(徳松=松姫の姉に当たる)。この鶴姫が紀州徳川家の綱教(吉宗の兄)に嫁したことが綱教が綱吉の跡継ぎの候補に上った理由だが、よしなが大奥では触れられていない。

よしなが大奥年表

綱吉編の重要人物柳沢吉保が左側に入っていませんが、柳沢吉保の年齢については多少字数をさいて検証したいと思います。さらに「牧野成貞事件」と綱吉の死についても別記事でご紹介したいと思います。
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よしなが大奥のフィクションとノンフィクション=綱吉編②牧野成貞事件=
よしなが大奥のフィクションとノンフィクション=綱吉編③柳沢吉保=
よしなが大奥のフィクションとノンフィクション=綱吉編④綱吉の死=

桂昌院(玉英)のフィクションとノンフィクションはよしなが大奥のフィクションとノンフィクション=家光・家綱編=をご覧ください

その他のよしながふみ作「大奥」についての考察