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江島生島事件は、実際の大奥でも1,2を争う有名な事件です。
史実では江島はお年寄の宮路達と一緒に代参にかこつけて芝居見物に行ったそうです。よしなが大奥ではこの宮路が紀州の御庭番で、尾張継友派である月光院方の勢力を削ぐために天英院と幕閣、紀州の内意を受け江島生島事件を仕掛けた人物とされています。そしてその具体的な目的は月光院と間部の密通をあばくことだった、となっています。
実際のところこの事件が月光院・間部の立場を悪くすることになるのですが、史実ではこの事件が仕掛けられたことであるとはハッキリわからないようです。

史実の江島は美人で江戸前のさっぱりとした性格で、同じタイプの月光院とは良いコンビだったようです。よしなが大奥でも江島の性格の良さやデキる感を江戸弁やキセルのエピソード等で表していますが、史実と大きく異なるのが「美人」のくだりです。江島を外見にコンプレックスがある人物とすることで、せつない恋心が際立つわけですね。

江島生島事件はよしながふみ作「大奥7巻」に掲載されています

江島生島事件のフィクションとノンフィクション

史実をなぞっている部分(らしい部分も含めて)

  • 江島は三日三晩不眠不休で尋問される「うつつ責め」の拷問を受けるが、自白はしなかった
  • 追放の日、絵島は江戸城を小袖一枚裸足で出された。不浄門とは平川門の別名で、その名の通り不浄のものを出す門です。罪人、遺体などがここから場外に出された。浅野匠守もここから出されたそうです。
  • 月光院の減刑嘆願により、死罪を減じて信濃高遠藩へ流された。
  • 流刑先の高遠の地でも、その清廉な性格で藩主にも一目置かれるようになった
  • 生島新五郎は石抱の拷問を受け、江島との密通を自白した。
  • 生島新五郎は二代目市川団十郎の師匠の一人だった。
  • 生島新五郎は三宅島流罪、後に許されて江戸にもどったが、翌年小網町で死亡。

フィクションの部分

  • よしなが大奥では江島と生島は一回しか会っていないが、史実ではちょくちょく会っていた。
  • 問題の芝居見物の日、よしなが大奥では暮れ六つギリギリに戻っているが、史実では平川門に着いたのが五つ(午後八時ころ)だった。

おまけの感想

よしなが大奥では、歌舞伎はもちろん全て女が演じているのですが、ストーリーは男が少ない世界を反映していません。江島はそのストーリーについて「女が男に体を売る世界などこの世のどこにある。身を粉にして働き男を買う江戸の女たちの夢に世界なのだろうが、、、」と言っています。これは中々面白いセリフです。
家光編でも、姉妹が協力して仕事と子育てを両立している魚売りと客の会話や、農家の神原さと一家のエピソード、後に家重編で出てくる料理屋の男板前(芳三)の御店での立場など、ちょっと立ち止まって考えさせられるようなセリフがちりばめられているのも、よしなが大奥の魅力の一つだと思います。

この時代のよしなが大奥については「よしなが大奥のフィクションとノンフィクション=家宣・家継編=」もご覧ください。

その他のよしながふみ作「大奥」についての考察