よしなが大奥のフィクションとノンフィクション=家重・家治編=でご紹介しきれなかった平賀源内についてです。
巷間、平賀源内について知られていることといえば

  • 鬼才・天才、日本のダ・ヴィンチ。学者で作家で発明家・・・・・
  • 「土用の丑の日にうなぎ」の発案者、日本初のコピーライターと言われる
  • オランダ伝来のエレキテルを模造制作した
  • 同性愛者で歌舞伎役者の瀬川菊之丞との仲は有名だった

あたりでしょうか?その他にもエピソードに事欠かない平賀源内。よしなが大奥でもその多くのエピソードを取り入れています。

  • 父は藩の蔵番だった
  • 幼少のころ、掛け軸に細工をして酒を飲むと顔が赤くなる「御神酒天神」を作った
  • 田村 藍水に本草学(漢方医学)を学んだ
  • 遊学・江戸行などを行うため、仕官御構(しかんおかまい、他藩への出仕ができなくなる)扱いとなって藩を辞した
  • 妹に婿養子を取らせて家督を放棄した
  • 諸国産物の博覧会を主催した
  • 火浣布を発明した
  • 竹とんぼを最初に作ったといわれている
  • 風来山人というペンネームで戯作(通俗小説)を書いていた。著作「根南志具佐」、「放屁論」、「長枕褥合戦」
  • 杉田玄白と親交があった
  • 後にエレキテルは偽物が出回った(使用人に情報を盗まれたとも)
  • 晩年はキワモノ扱いされた
  • 墓の碑文は杉田玄白によるもの「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常(破天荒な人よ、常識を嫌い型破りな生き方だったとはいえ、嗚呼、なぜその死までも普通ではないのか=アカジン訳)」

鰻丼の話し

よしなが大奥だと芳三が考案して源内が広めたようになっていますが、これはフィクションです(第一、芳三がよしなが大奥オリジナルキャラですからね)。鰻丼の来歴にすいては、とある役者が鰻屋に出前を頼むのに「鰻が冷めないようにご飯に挟んで持ってきてくれ」と注文したとか、ある人が渡し船の待ち時間に鰻を食べようとしたら船の出る時間になってしまったので、丼飯の上にかば焼きを乗せて取りあえず船に乗って、後刻おもむろに食べようとしたら鰻がご飯で蒸されていておいしかったとか、そのような説があります。

平賀源内の死

史実の平賀源内は小伝馬町の監獄で亡くなりました。小伝馬町の監獄跡は現在寺院になっています死因は破傷風だそうです。晩年の源内は世間の逆風や天才ゆえのエキセントリックさも相まって、多少心を病んでいたそうです。ある大工工事の計画書を職人に盗まれたと思った源内は、逆上してその職人を殺してしまいます。その罪で御縄になってしまいました。ちなみに問題の計画書は盗まれてはおらず、源内の帯の間から発見されたらしいです。

ただ、源内の葬儀は遺体がないまま行われたので、懇意にしていた田沼意次がこっそり源内を脱獄させ匿ったとの説もあります。

よしなが大奥でも史実でも、源内は不本意で悲しい亡くなり方をしたんですね。家治時代の終わり、田沼、源内、青沼、、、志半ばで逝った人たちの無念を黒木がどしゃぶりの雨の中で代弁する件は、よしなが大奥ここまでのストーリー中一番シンパシーを呼ぶ場面でした。

その他のよしながふみ作「大奥」についての考察