鹿だけじゃない。巨大仏像をオナカいっぱい堪能してもまだまだ見きれない奈良旅行2泊3日=総括 でも触れた私の愛読書の一つ”日本史の謎は「地形」で解ける”には、忠臣蔵にまつわる検証に結構ページをさいていて、松の廊下騒動から赤穂浪士により吉良邸討ち入り、そして赤穂浪士たちの処罰の真相を、地理的観点からアプローチしています。

松の廊下刃傷沙汰は、最近では赤穂藩江戸家老がモノ知らずだったことが最大の原因で、吉良上野介は芝居では権威をかさにきたイヤミジジイに描かれているものの、国元では英明な藩主だったという認識になっているようです。

さて、大掃除にも飽いた大晦日、ネタをみつけてハードウォーキングに行こうと考えてふと思い出した。以前関東三十六不動尊で横浜は野毛不動尊(成田山横浜別院)に行ったとき、戯れに東海道を歩いて日本橋まで行こうとして、道中フラフラとキリンビアビレッジに寄ってしまったことを。その日はそれでも頑張って工場見学後一路お江戸日本橋を目指したんですが、昼ビールがあだとなり、蒲田で終了してしまったことを。
では、本日は蒲田から日本橋まで、東海道を歩いてみようじゃないのと相成りました。で、その道中泉岳寺に行きましょうと。なんかついでみたいで気が引けますが・・・

中門。ここは通れません。

中門。ここは通れません。

泉岳寺は江戸時代初期の創建で、元はもう少し都心にありましたが、寛永の大火の後現在の地に移りました。その際移転に伴う普請を担当した大名家の一つが浅野家で、浅野家の菩提寺となりました。

本堂

本堂

獅子吼!

獅子吼!かっけーーーーー

赤穂浪士の墓所があるお寺として有名になったのち、明治には一時衰退しましたが、当時のご住職が中々のやり手だったようで、義士宝物館などを建設し、赤穂浪士墓所であることを前面に打ち出してお寺の復興につとめたそうです。

萬松山という山号のせいかどうかはわかりませんが、境内は松がフューチャーされ、最近松にヒジョーに興味を持っているワタクシにとっては大変フォトジェニックな境内でございました。
それではしばし、松の写真をご堪能くださいませ
萬松山泉岳寺

萬松山泉岳寺

萬松山泉岳寺

萬松山泉岳寺

萬松山泉岳寺

目玉の赤穂浪士墓所は入口でお線香を売っていて、一束のお線香を立ち並ぶ墓石のどこにどのくらい供えるかで人気投票、はたまたB-1グランプリの割りばし投票のような風情も醸し出されておりました。
萬松山泉岳寺

萬松山泉岳寺

そうそう、本来の目的。蒲田から日本橋まで歩きましたよちゃんと。というか日本橋越えて両国の手前、隅田川越えたら吉良邸ってとこまでね。なのでタイトルの答えを言うと、全然歩けますよ。仇討直後でアドレナリン出まくっている義士たちにとってはお茶の子な距離であったことでしょう。

予告通り東海道を歩いて行ったワケなんですが、品川から東京方面は旧東海道は残っていないので国道15号線、イチコクとイコールのルート。そうそう、このルートは大晦日の二日後には箱根駅伝が開催されるコースなんですよね。ロードサイドのあちこちには交通規制の予告看板がありました。

萬松山泉岳寺データ

  • 名称 萬松山泉岳寺
  • ふりがな ばんしょうざんせんがくじ
  • 住所 東京都港区高輪2-11-1
  • 宗派 曹洞宗
  • 本尊 釈迦如来
  • 公式サイト http://www.sengakuji.or.jp/

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