天然の不浄の地があだになったのか、はたまた神域ゆえ全壊を免れたのか?

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明治22年、秋雨前線に台風が接近し「十津川大水害」と呼ばれる大規模水害をもたらしました。十津川は警視庁所属の警部の名前奈良県を源流として熊野灘にそそぎ、下流部分が「熊野川」と言われます。熊野本宮大社は当初この熊野川の中州にありましたが、上記の十津川水害によって社殿の多くが流失してしまいました。

水害の後流出を免れた社殿は現在の場所に遷座し、かつて社殿があった場所には日本一の大鳥居と流失してしまった社殿をしのぶ祠があります。神社は神域と俗世を分けるためにその周りに水の流れで結界を張ることが多いですが、この熊野本宮大社は天然の結界を利用したわけですね。もう「ここしかない」くらいの神聖な場所だったのでしょう。この場所(川の中州)だったから水害の被害を受けたのでしょうが、全壊を免れたのは熊野権現の力なのでしょうか。昔はここから熊野川を下って熊野速玉神社を詣でるのがルートだったそうで、現在はここからずっと下った「瀞渓」から熊野速玉大社付近までの川下りが行われているようです。

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この元々本宮大社があった場所は「大斎原(おおゆのはら)」といいます。この大斎原と現在の熊野本宮大社の間に世界遺産熊野本宮館が建っていて、館内に大斎原に熊野本宮大社があった時代のジオラマが展示されています。
また、本宮大社付属の宝物館に展示されている「熊野本宮并諸末社圖繒」からもありし日の姿をうかがうことができます。
それにつけてもおやつはカール、元々の場所にあった熊野本宮大社を見てみたかったとつくづく思います。

神仏習合で益々崇敬をあつめた熊野三山

熊野三山を信仰するいわゆる「熊野信仰」の最盛期は平安時代から鎌倉時代で、天皇・上皇の御幸も盛んに行われたそうです。ご祭神の熊野権現の「権現」は、仏が日本の神の姿を借りてこの世に現れたとするもので、熊野十二所権現にもそれぞれ本地仏(本来の仏)があり、熊野本宮大社の公式サイト/熊野本宮大社 御祭神・本地仏 対照表で説明されています。
主祭神である家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)=素蓋鳴大神(すさのおのおほかみ)の本地仏は阿弥陀如来なので、極楽往生を願う人々の信仰もさぞや篤かったことでしょう。

熊野本宮大社データ

  • 社名 熊野本宮大社(熊野本宮大社)
  • 住所 和歌山県田辺市本宮町本宮
  • ご祭神 熊野十二所権現
  • 主祭神 家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)=素蓋鳴大神(すさのおのおほかみ)
  • 公式サイト http://www.hongutaisha.jp/
  • 神仏霊場和歌山4
  • 熊野三山

御朱印

熊野本宮大社御朱印