なぜか境内の写真を撮らなかったので、別の日に撮った不忍池の写真。右奥の島に弁天堂が見える。ちなみに不忍池は琵琶湖と竹生島を模した。

なぜか境内の写真を撮らなかったので、別の日に撮った不忍池の写真。右奥の島に弁天堂が見える。ちなみに不忍池は琵琶湖と竹生島を模した。

上野駅前から西郷さんの銅像を経て上野の山を登り、不忍池と清水観音堂を左右に見ながらお花見で有名な桜並木を通り過ぎ、動物園のメインゲートを超えさらに最近できたスタバや大噴水を過ぎた道路を渡ると、堂々たる帝冠様式の国立博物館に至ります。東叡山寛永寺はその国立博物館の奥、上野の山のドンツキと言える場所にあり、近くにはJR山手線鶯谷駅が割とひっそりと存在しています。

さて、今通り過ぎてきたすべての場所が、かつては寛永寺の寺領でした。

寛永寺の開創は徳川将軍三代のブレーンとされている天海僧正。江戸城の鬼門(丑寅・東北)にあたるこの位置に寛永時代に建立され、山号の東叡山は東の比叡山の意味、寺号の寛永寺は比叡山延暦寺が創建時期の年号から付けたのにちなみ、当時の年号から寛永寺と付けました。さらに天海僧正亡き後、三代目の座主に親王を迎え、以降門跡寺院(宮家が住職の寺)かつ将軍墓所となりました。

しかし江戸時代の終わりともに寛永寺もその危機を迎えます。上野戦争の舞台となったことにより堂宇の多数を焼失し、また明治政府によって寺領を没収され、その後が日本初の公園である現在の上野公園になりました。

現在の寛永寺根本中堂はかつての伽藍は臨むべくもありませんが、その分静かで落ち着いた雰囲気を持っています。ここには徳川将軍御霊廟もあり、以前は立ち入り禁止でしたが、現在は事前申し込みをすれば見学ができるようです。

上野公園内にある清水観音堂、不忍池の真ん中にある弁天堂、そして子院の護国院はそれぞれ谷中七福神や新選江戸三十三箇所観音霊場の札所になってます。
札所になっているお堂については
谷中七福神は、人気の谷根千から上野にかけてのコース
昭和新撰江戸三十三観音霊場6番札所∥東叡山寛永寺清水観音堂
をご覧ください。

また国立博物館の隣にある開山堂は開祖の天海大僧正とその師良源大僧正を祀っており、「両大師」の通称を持ちます。その他「上野大仏」と呼ばれる仏塔や五重塔など、上野公園の中には寛永寺の一部が今も息づいています。

東叡山寛永寺データ

  • 名称 東叡山寛永寺
  • ふりがな どうえいざんかんえいじ
  • 住所 東京都台東区上野桜木1-14-11(根本中堂)
  • 宗派 天台宗(関東総本山)
  • 本尊 薬師瑠璃光如来
  • 公式サイト http://kaneiji.jp/

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御朱印

開山堂(両大師)のご朱印。厄除両大師・輪王寺門跡

開山堂(両大師)のご朱印。厄除両大師・輪王寺門跡

根本中堂のご朱印。本尊が薬師如来なので「瑠璃殿」の字

根本中堂のご朱印。本尊が薬師如来なので「瑠璃殿」の字、そしてさすが徳川将軍家菩提寺、三つ葉葵のご紋