本堂の扁額

本堂の扁額

  • 名称 無量山寿経寺伝通院
  • ふりがな むりょうざんじゅきょうじでんづういん
  • 住所 東京都文京区小石川3-14-6
  • 宗派 浄土宗
  • 札所本尊 無量観世音菩薩
  • 公式サイト http://www.denzuin.or.jp/

室町時代修行と研究や著作のための庵にはじまり、徳川家康生母「お大の方」の墓所となったことから将軍家の帰依を受け、芝の増上寺・上野の寛永寺と並んで江戸の三霊山と呼ばれました。

墓地の案内板

墓地の案内板

伝通院の院号は於大の方の法名から付けられています。於大の方だけでなく千姫や家光の次男亀松君、正室の鷹司孝子、側室のお夏の方など徳川氏ゆかりの人々も眠っています。

また、江戸時代は将軍家の帰依を得て僧侶の学問所としてもその規模を大きくし、小石川のほとんどが伝通院の寺領だったということです。

近代以降では佐藤春夫や柴田錬三郎等が埋葬されています。

「小石川伝通院」の通り名で数々の小説や随筆にも登場しています。江戸や近代東京での中で山の手に属し、古い情緒とアカデミックな雰囲気を醸し出す町の雰囲気(私見)が作家や文学者に好まれたのでしょうか。漫画「はいからさんが通る」の主人公紅緒さんの実家も小石川にあり、通っていた学校も「小石川女学館」でした。(青江冬星との結婚式も小石川教会だったなぁ)

巨大なサムアップ

巨大なサムアップ

指塚の由緒

指塚の由緒

敷地内に「指塚」と銘された巨大な指の石像が奉納されていました。てっきり「義理と人情を秤にかけたら義理が重たかった男の渡世の中で義理を通すために犠牲になった指の成仏を祈る塚」かと思いましたら、「指圧のココロはハハゴコロ」の浪越徳治郎さんが創立した指圧の専門学校が近隣にある縁で氏が寄贈したものだそうで。はあ、びっくりしましたわ。そして浪越徳治郎さんも伝通院の墓所に眠っています。

江戸時代から第二次世界大戦まで、火災、廃仏毀釈、戦災を経てかつての堂宇は烏有に帰し、現在の本堂は昭和63年の再建、山門は平成24年の再建です。

山門

山門

山門横にある碑。修行と学問の場らしい

山門横にある碑。修行と学問の場らしい

鐘楼

鐘楼

納経をしたら御供物をくださいました。さすが徳川将軍家菩提寺、葵のご紋入りです。

納経をしたら御供物をくださいました。さすが徳川将軍家菩提寺、三つ葉葵のご紋入りです。

ご朱印

無量山寿経寺伝通院ご朱印